「渟名川」と倭直・阿曇連

『万葉集』に、次のような歌がみえます。

渟名川の底なる玉 求めて得し玉かも 拾いて得し玉かも

『万葉集』13-3247

「渟名川」は、長野県・新潟県を流れる姫川を指し、「渟名川の底なる玉」とは、姫川支流の小滝川流域に産する翡翠を示します。

姫川は、長野県北安曇郡白馬村神城の親海(まよみ)湿原に源を発し、白馬盆地で平川・松川・楠川を合流し、小谷村に至って土谷川・中谷川・浦川など土砂の多い支流を合わせ、信越国境の姫川渓谷を流れ下り、新潟県に入って大所川・横川・小滝川・根知川などを合流し、糸魚川市寺島と須沢のあいだで日本海に流入します。

(『日本歴史地名大系』(JapanKnowledge)長野県:北安曇郡>姫川、新潟県:糸魚川市>姫川)

姫川下流域には、硬玉(翡翠玉)の工房跡とみられる、長者ヶ原遺跡(糸魚川市一ノ宮)・田伏玉作遺跡(糸魚川市田伏ヒルタ)・細池遺跡(糸魚川市滝川原細池)があります。

(『日本歴史地名大系』(JapanKnowledge)新潟県:糸魚川市>一之宮村>長者ヶ原遺跡、糸魚川市>田伏村>田伏玉作遺跡、糸魚川市>滝川原村>細池遺跡)

「渟名川」に関わる地名・神社として、『和名抄』に越後国頸城郡沼川郷、『延喜式』神名帳の越後国頸城郡に「奴奈川神社」がみえ、「奴奈川神社」は、糸魚川市一の宮に鎮座する、天津神社の西側にある社殿に比定されます。

『記』に八千矛神との婚姻伝承がみえる「高志国の沼河比売」の「沼河」も「渟名川」を指します。

越後国頸城郡の在地勢力について、「国造本紀」に次のようにみえます。

久比岐国造  瑞籬朝御世 大和直同祖御戈命定賜国造

久比岐国造は、倭直同祖であり、姫川河口左岸、糸魚川市青海に、倭直の祖椎根津彦を祭神とする、青海神社が鎮座します。

『姓氏録』右京神別下にみえる青海首は、椎根津彦命の後裔とされ、「青海」は倭直の指標とみられます。

いっぽう、姫川の源流域は、信濃国安曇郡村上郷に属します。

安曇郡の在地勢力は阿曇連であり、長野県安曇野市穂高に、祖神穂高見を祭神とする、穂高神社が鎮座し、『延喜式』に、信濃国安曇郡の名神大社としてみえます。

倭直と阿曇連は、『記』『紀』の様々な記述にペアでの行動がみられ、密接な関係にあることがわかっています。

(→ ホデミと倭直・阿曇連)(→ 坐摩神と倭直・阿曇連)(→ 住吉仲皇子と倭直・阿曇連)

姫川の河口と源流域の状況からみると、「渟名川」に一義的に関与した勢力は、倭直と阿曇連のペアと推測されます。

『記』『紀』に、綏靖天皇の諱「神渟名川耳(神沼河耳)」、大彦の子「建沼河別(武渟川別)」など、「渟名川」に因む名と思われる人物が複数みられることに注目します。

(→ 神渟名川耳と神八井耳

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