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葛木坐火雷神社
葛木坐火雷神社は、 奈良県葛城市笛吹に鎮座し、笛吹神社とよばれます。 『延喜式』神名帳の大和国忍海郡にみえる、葛木坐火雷神社二座は、 名神大社として、月次・相嘗の幣帛に与っていましたが、 その後沿革が不明となり、 平安後期から、 『奥義抄』『... -
「海部氏系図」と難波根子武振熊・倭直
籠神社は、天橋立の北側の付根近く、成相山今熊野の麓に鎮座し、『延喜式』神名帳では、丹後国与謝郡の名神大社となっています。 「こもり」とよび、籠杜または籠守の字を宛てることもありますが、現称は「このじんじゃ」といわれます。 当社に伝わる「海... -
雄略朝の小事件の共通項
『紀』雄略紀3年4月条に、𣑥幡皇女をめぐる怪事件がみえます。 𣑥幡皇女は、伊勢大神の祭祀者でしたが、湯人(ゆえ)の廬城部連武彦との不義による妊娠を疑われ、五十鈴河辺に神鏡を埋めて首を括り亡くなりました。 大蛇のごとき虹が立ったところを掘る... -
『紀』神功紀にみえる住吉大社の起源
神功皇后が、瀬戸内海を難波へ向けて航海していると、 船が海上で廻って進めなくなってしまったので、 務古水門(武庫川河口域)に戻り、占うと、 表筒男・中筒男・底筒男の住吉3神が、 吾が和魂をば大津の渟中倉の長峡に居さしむべし。 便ち因り... -
品它真若王と尾張連祖建伊那陀宿禰
応神は、品它真若王の3人の娘と結婚し、そのなかの中日売とのあいだに仁徳が生まれました。 仁徳は「誉田(ほむだ)の日の御子」とよばれ、出身母体を、品它(ほむだ)真若王一族とする認識がうかがえます。(→ 品它真若王と応神・仁徳) 品它真若王とは...
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